Interview
緊張はネガティブなことばかりじゃない、スポーツ心理学から紐解くメンタルコントロールとは
オリンピック競泳女子日本代表(北京・ロンドン)/日本ピラティス指導者協会公認 マットピラティスコーチ
伊藤華英
オリンピック競泳女子日本代表(北京・ロンドン)/日本ピラティス指導者協会公認 マットピラティスコーチ
伊藤華英
生後6ヶ月からベビースイミングを始め、2001年の世界選手権で競泳日本代表の座を掴むと、その後も2008年の北京オリンピック、2012年のロンドンオリンピックなど活躍を見せた伊藤華英さん。引退後は大学院でスポーツ心理学を学び、社会人のメンタルコントロールやモチベーション管理について講演を行っています。また「スポーツを止めるな」プロジェクトの「1252プロジェクト」ではリーダーを務め、スポーツと生理に関する正しい知識をアスリートと指導者に伝えています。伊藤さんの現役時代のエピソードや現在の活動、今後の展望について伺いました。
オリンピック出場を逃し 「目標設定」の大切さを痛感
ーー競泳日本代表として活躍された伊藤さんですが、日本代表やオリンピック出場を意識し始めたのはいつ頃でしょうか。
本気で意識したのは、日本選手権に初めて出場した15歳、高校生くらいの頃です。高校からは寮生活が始まって「水泳のために生きていくぞ」と決めた時期なので、時間の使い方や食事などにも気を使うようになりました。ですが「目標を立てて、それに向かってスケジュールして…」ということはできず、世界に挑む環境に馴染むことに必死でしたね。
水泳の練習は授業前と放課後にあり、水の中だけでなく筋トレやストレッチも行うので、1回の練習で4時間ほどかかります。10代の頃は体が慣れていなかったので一番きつかったです。
ーーその中で日本代表の座を掴まれた伊藤さんですが、選手としての困難や試練などはありましたか。
15歳で日本選手権に出場し、16歳で日本代表になったのですが、2004年のアテネオリンピックには行けませんでした。それまでは目の前のことを一生懸命やれば目標を達成できると思っていたのですが、実は「一生懸命」というのはスタートラインにすぎず、その先を自分自身で考え、目標設定をして行動していく必要性を19歳のときに感じました。それまでは「自分が一番頑張っているから」と、あまり人の話に興味がありませんでした(笑)。
そこから視野を広げて人の話を聞いてみたり、自分の泳ぎをより深く研究したりするようになりました。アテネオリンピックに行けなくて初めて「自分が頑張っているだけではだめなんだ」と気づいて、考え方や行動が変わりました。
ーー講演では、当時の経験談も例に出しながら目標達成についてお話しされているのですね。
そうですね、一般的な理論、基本的な目標達成技法では、例えば「自分の目標」と「チームの目標」を立てることの大切さや、現役のときの経験などを伝えています。モチベーション管理の観点でも「この結果を出す」と決めてから逆算して、そのための道筋を立てるということがとても大切です。
緊張は決して悪いことばかりではなく、 結果を出すためには必要
ーー引退後は博士号を取得されていますが、どのような勉強をされたのでしょうか。
まずは引退後に早稲田大学でスポーツマネジメントを学びました。スポーツとは何か、スポーツ産業、スポーツ政策など、スポーツの仕組みなどを勉強し、スポーツ心理学の研究も行いました。その後は順天堂大学に進学してスポーツ心理学の論文を書き、博士号を取得しています。
私は現役時の2007年〜2008年にメンタルトレーニングを受けていました。今はフィジカルと同様にメンタルも大切だと言われてきていますが、当時は「弱い人がメンタルトレーニングを受けている」という風潮でした。コーチからは「精神的に弱い」と言われていましたが、漠然と「精神的に弱いって何?」という疑問があり、今後は心理学のような見えない部分を理論的に明らかにすることが重要だろうと考えたのが、スポーツ心理学を学んだきっかけです。
ーー伊藤さんは現役の時、どのようにプレッシャーと向き合っていたのかお聞かせください。
私は「0か100か」という思考でした。「何か1個でもできなかったら絶対に目標達成できない」という気持ちだったので、悔しかった自分を思い出すような写真をトイレに貼ったり、勝つために必要なことが書いてありそうな本を買ったりしました。今考えると、強烈にアスリートをやっていましたね(笑)。
よく「緊張したらどうすればいいですか」と聞かれますが、スポーツ心理学を学んだ今は「緊張した方がいいんですよ」と伝えています。結果を出すためには、ある程度の緊張感は必要です。声がけや問いは人によって異なりますが、ネガティブに捉えるのではなく「頑張ろうとしている自分がいる」と考え方を変えることが大切です。
ーーこれはアスリートだけでなく、社会人にも同じことが言えるのでしょうか。
社会人は複雑な環境要因や疲労度なども関係してくるので、まずは緊張を感じる原因を「ネガティブなもの」か「頑張ろうしているもの」のどちらなのかを明らかにして、適切なアプローチをとることが大切です。講演ではすぐに実践できることや、オフィスでもできる緊張を和らげるようなエクササイズなどを伝えています。
スポーツと生理の関係は 指導者も知るべき知識
ーー伊藤さんは「スポーツを止めるな」プロジェクトにおいて「1252プロジェクト」のリーダーを務められています。改めて活動内容や目的をお聞かせください。
パリオリンピックでは初めて男性と女性のアスリート数が平等になります。女性アスリートの活躍が著しい中、月経というキーワードが重視されていないのが現実です。私自身、北京オリンピックのときに月経がオリンピック期間に被ってしまうことから生理期間をずらす中用量ピルをしたところ、副作用で体重が5キロ増えてしまいました。
この経験から、女性アスリートのコンディションを考えるうえで生理は必須の知識だと思い、女子学生アスリートと指導者に向けて正しい生理の知識の発信をしています。女子学生アスリートは1人で生理の悩みを抱えてしまうことが多いので「ここを見れば知りたい情報が手に入る」といった場所を作るのが目的です。
ーー生理の問題はアスリートだけでなく、周りの人のサポートも必要ですよね。
そうですね、指導者や保護者が正しい知識を持つことも大切です。多くの人が正しい知識を持つことで「思いやり」が生まれると私は考えています。チームスポーツでも個人スポーツでも、相手を気にかけることによって生理の課題への道標になる可能性があります。最終的には、解決へ繋がっていきます。性格がみんな違うように、生理の症状も一人ひとり異なります。少し相手の立場になって考える瞬間が生まれることで、実は広い範囲での様々な社会課題の解決にも繋がっていくと信じてアクションを続けています。
スポーツと生理の問題は、現場の指導者も男女問わず、とても悩んでいる課題です。生徒とどこまで話していいのか悩んでいる方が多いので、まずは誰かを挟まなくても正しい知識を身につけられるようにインスタの発信や検定も作っています。
ーーアスリート本人と指導者が正しい知識を持つことは大切ですね。
なかなか学生はコーチに「休ませてください」と言える雰囲気がまだまだ整っていないところも多く、休むことがサボりだと考えてしまう人もいます。そこで無理してしまうと骨密度の高まりを妨げて、今後の人生にも関わってくる怪我になりかねません。トップアスリートにもなると一生のことなんか考えず、目の前のことに全力で取り組んでしまうので、指導者も知識を持って接することが大切です。
ーー最後に今後の展望や目標をお聞かせください。
私の講演で多いのは、ストレスやモチベーション、目標設定、向き合うには少し重いテーマです。なので私は伝えることはしっかりと伝えつつ、楽しく講演を行いたいと思っています。
スポーツには勝ち負けを感じられること、規律を守って正々堂々戦うこと、気分転換になること、コミュニティが生まれることなど社会人にとっても良いことばかりです。スポーツが今後なくならないように、多くの方に取り組んでいただけるように活動していきたいです。
スポーツも含めてですが、私は得意不得意などで分断されない社会を目指すべきだと考えています。上とか下とかなく、みんなが健康で元気に過ごせる社会に貢献できたら嬉しいです。
最後にオフィスでも出来る エクササイズを教えていただきました!
取材・文 田中凌平
写真 竹田靖弘
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