Interview 生産者と消費者をつなぐ「農ジャーナリスト」の仕事

小谷あゆみインタビューバナー

全国各地の農村地域を取材し、日本の農業の現在や、生産者のリアルな声を発信し続けているフリーアナウンサー/農ジャーナリストの小谷あゆみさん。「農業」ではなくあえて「農」ジャーナリストと名乗る背景には、産業だけではない農の価値や楽しさ、食べる喜びを伝えていきたいといった思いが込められているそうです。農ジャーナリストとして活動を始めて約20年、小谷さんはどのような景色を見てきたのでしょうか?

農業のおもしろさや奥深さを 現場から伝えたい

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――小谷さんは「農ジャーナリスト」として、農業・農村の魅力を発信されていますが、もともとはテレビ局のアナウンサーだったんですね。

はい。1993年に石川テレビに入社し、夕方のニュースのキャスターを務める中で、自分のコーナーを持ったことがきっかけでした。はじめは、里山のスローフードやスローライフをテーマにしていましたが、毎週取材をして新しいネタを探すのは難しい。そこで、金沢市民農園に着目し、野菜作りを体験しながら定点観測することにしたのです。

初めて野菜の花を見たときは、そのけなげな美しさに胸がいっぱいになりました。農家にとっては当たり前でも、そのプロセスを知らない者にとっては驚きです。そこに情報や物語(ストーリー)があると思い、産業としての「農業」だけでなく、命を育む「農」そのもののおもしろさ、奥深さを伝えたいと思うようになりました。

――石川テレビ時代は、七尾市の釶打(なたうち)棚田で米作りにも挑戦されたそうですね。

野菜の次は米作りだと思って、当時は旧中島町の藤瀬の棚田と呼んでいましたが、そこの棚田オーナーに応募しました。田植えの後、陽の光を反射して輝く棚田や、一面が黄金色に輝く秋の棚田など、生命力あふれる光景を見ていると「この風景は、農家の方が毎日汗水流して耕してきた、何世代にもわたって手入れしてきたからこそ生まれたものなんだ」という思いがこみ上げて来て、じーんと泣きたいような気持ちになったものです。

今では全国や海外の棚田を訪れることがライフワークになっていますが、一口に棚田と言っても、地域によって作り方が全然違います。日本では簡単に言うと2通りあって、西日本では石を積んで畦をつくる「石積み」が多く、東日本では畦を土で塗り固めた「土波」が主流です。

刈り取った稲を乾燥させる天日干しの方法もさまざま。能登では「はざ干し」といって、竹や木で組んだ「はざ木」という台に稲の束を掛けていきます。高さ10メートルぐらいのはざ木にはしごをかけて上って、下から放り投げてもらった稲をキャッチして並べたことは、今でも忘れられません。
こうした方法は地域によって違います。それが土地の個性です。それを代々受け継いでいるのが、「農」の営みなんですね。

畜産の現場で見た 「命と向き合う」生産者の姿

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――2003年に石川テレビを退職、フリーアナウンサーに転身されました。なぜ、そのような道を選ばれたのでしょうか?

石川県には10年いましたが、もっと広いフィールドを取材したいと思ったからですかね。それと、旅が好きなので、クイズ番組「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンターになりたかったのです(笑)。世界中の自然や文化の現場を訪ねて、その感動を伝えるリポーターになるのが夢でした。そのオーディションには落ちてしまいましたが、フリーアナウンサーとして最初に決まった仕事が福祉番組「介護百人一首」の司会。もう一つが、畜産の専門番組「畜産特産ごちそう産!!」のリポーターでした。この2つの番組の経験が、「介護・福祉」や「食・農業」を軸にした今の活動につながっているのかもしれません。

――2005年からリポーターを務めた「畜産特産ごちそう産!!」が、生産と消費の間を伝える「農ジャーナリスト」の原点になったそうですね。

はい。お米や野菜農家と違い、畜産農家は、一般的に自分の育てた家畜の牛乳やお肉を直接販売することが簡単にはできません。また衛生管理や病気の予防から、牧場内へ人が気軽に立ち入ることができません。つまり「顔の見える関係」が築きにくいんです。

なので取材では、防護服や長靴を着用し、防疫対策を万全に牧場を訪ねます。そうして全国の畜産現場を取材して見えてきたもの……それは、命と向き合う生産者の姿でした。牛も豚も、人間と同じように、子どもの頃は免疫がなく風邪をひきやすいのです。そのため、子牛や子豚用の育成舎を設けて、室内を温かく保ちます。保温のためにベストを子牛に着せている農家もいました。改めて、命を大切に育てているんだと知りました。

私たちが普段おいしいと食べている牛や豚が生まれる背景には、そうした生産者の仕事がある。愛情、工夫、技術、そうした農家の努力や活躍を消費者に伝えていくのが自分の役割ではないかと感じるようになっていきました。

――ブログでは、野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」として「生産の物語」、「つくる喜び」を発信されていますね。

はじめは、野菜づくりの楽しさを発信していたのですが、生産者の物語も大事ですよね。
おいしい農産物を紹介するメディアはたくさんあり、味や品質はもちろん大事です。
一方で、人は何に感動するかと考えると、やはり人間の仕事なんじゃないかと思うんです。見えない工夫や努力を知ると、自ずとリスペクトが生まれます。知れば、おいしさも増して、価値が上がると思うんです。わたしが農の価値としておもしろいなと思うのは、「もの」より「ものがたり」です。
SNSなどで生産者からの発信も増えてはきましたが、まだまだ生産サイドからの思いや人間的な、ぬくもりある発信があってもいいと思っています。

みずから育て味わうことで 農業が「自分ごと」になる

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――小谷さんは、講演会で「農の価値」や「教育、食育」についてもお話しされることが多いですね。農ジャーナリストとして、今最も伝えていきたいテーマは何でしょうか?

近頃、SDGsの流れの中で、食品ロスが問題になります。食べ物の廃棄が環境にも人道的にもよくないことはわかりますが、じゃあなぜそういう社会構造になっているのかと。正直、買ったものには思い入れは持ちにくいですが、手づくりならどうでしょう。
作物を育てると、愛おしい、嬉しい、といった気持ちが芽生えてきます。自分で育てたら、キズのある茄子も、曲がったきゅうりも大事にしたくなる。「農の価値」とは、そういう普遍的なものだと考えています。家庭菜園でも、市民農園でも、まずは自分で育ててみること。食品ロスの真の解決策は、作物(命)が育つ過程を体験することにあるのではと思います。

――なるほど。残してはダメと教えるよりも、大切にしたい気持ちを育む方が「自分ごと」になるんですね。また、「有機給食」と「地域活性化」にも注目されているんですね。

はい。「有機給食」は、学校給食に地元産の有機米や有機野菜を使うことで、全国で増えています。2022年時点で、全国の11%にあたる193の市町村で有機給食に取り組んでいます。
小学校区を単位に、「農家の顔の見える」「地産地消」の給食を子どもたちに食べさせたいという運動が、親である消費者の側から起こっています。今までかけ離れていた消費者と生産者が、学校給食を軸につながり始めています。農家にとっては販路の確保になり、地域の農業が、そのエリアに住む住民みんなにとって「自分ごと」になる動きです。

有機認証をとって差別化するブランドとしての有機がある一方で、地域一体となって取り組む有機はオーガニックビレッジとして国でも進めていますが、中でも有機給食は、SDGs時代を反映した社会現象でもあり、「もうひとつの有機」として重要だと考えています。

地域に愛着を持つことが 自己肯定感を育む

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――現在、農水省の世界農業遺産等専門家会議委員も務められています。2023年7月には、埼玉県武蔵野地域が新しく世界農業遺産に認定されましたね。

2024年現在、国内の世界農業遺産認定地域は15ヶ所。その中で、一番新しい世界農業遺産が、埼玉県武蔵野地域の「落ち葉堆肥農法」ですね。この農法の起源は江戸時代に遡ります。江戸文化が栄えたことにより江戸の人口が爆発的に増え、食料を供給するために、川越藩によって武蔵野の新田開発が行われました。当時の武蔵野地域は、「武蔵野台地」と呼ばれるすすき野原。富士山の火山灰で覆われていて、川も水もなく土がやせていたため、農作物が作れなかったのです。

そこで開拓民たちは、クヌギやコナラなど炭や薪になる落葉樹を植えました。木を植えるところから土壌改良を始めたんです。10〜15年経つと森になり、落ち葉を集めて発酵させて堆肥にする。川越はさつまいもの産地として有名ですが、この名産はまさに落ち葉堆肥農法の賜物なのです。

――江戸時代に始まった落ち葉堆肥農法が、350年たった今も受け継がれているってすごくいですね。

ね!すごいですよね。ご先祖様がやってきたことを、自分たちが受け継いでいる、また次にも継承したい。それが農業の誇り、郷土への愛着、シビックプライドになるんですよね。世界が認める「世界農業遺産」を未来に伝える重要なミッションを自分は担っているんだという気概は、間違いなく誇りになり、自己肯定感につながると思うのです。

――ありがとうございます。最後に、今後の目標や展望について教えてください。

コロナ禍前は、年間で100以上の農村へ足を運んでいました。これから取り組みたいのは、一つはこれまで訪ねてきた世界農業遺産や、棚田、里山、家畜との共生など、自然の恵みを生かし、環境と共生する農の営みを、出版など一冊の本にまとめたいと思っています。
もう一つは、やはり里山が好きなので、移住というか、多拠点生活が理想ですね。あちこちに顔見知りのふるさとを持っているような。形にとらわれない新しいやり方で、土に触れる暮らしや価値を伝えていければいいなと思っています。

川越市、大木農園さんの畑にて 奥に見えるのがクヌギやコナラの平地林

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フィリピン・イフガオ州の 世界遺産バタッドの棚田にて

フィリピン・イフガオ州の世界遺産バタッドの棚田にて

群馬県農業法人協会主催 農林中金セミナーにて

群馬県農業法人協会主催・農林中金セミナーにて

農林水産省主催 畜産行政研修セミナー 「メディアからみた畜産の今と未来」にて

農林水産省主催 畜産行政研修セミナー「メディアからみた畜産の今と未来」にて

取材・文 東谷好依
撮影   竹田靖弘

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